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音色

運弓

リズムと歌い回し

暗譜力

練習法

品格

楽器

心に残る言葉

品格

もしあなたが、たとえレコードからではあっても、フリッツ・クライスラーの演奏を聴いて、そこに、何か親しみやすい暖かさのようなものを感じたとしたら、おそらくそれこそが、クライスラーの品格だと思っていただいて、まず間違いがないでしょう。

 なるほど今でこそ、レコードやCD、テレビやDVDなどの多様な伝達媒体の発達のお陰で、聴衆であるわれわれは、自宅にいながらにして、好きな時に好きな方法で音楽を楽しむことができますが、もともと音楽は、演奏会をおもな作業場所とする、もっとも純粋かつ直接的な、芸術の創造活動でした。

 つまり、演奏会は、聴衆一人一人が、芸術家の仕事場の中に自分も身を置き、それこそ肌で芸術家その人の個性を感じとりながら、芸術家と共に、すばらしい演奏作品の創造過程と完成の喜びとを、分かちあうものなのです。
 そして、聴衆が感動し共感するのは、演奏の出来映えに対してだけではなく、それを創りあげようとする演奏者の、個性や品格そのものに対してでもあるわけです。
 言葉をかえれば、絵画や彫刻以上に、芸術家のほんらいの姿が、ありのままの形で、鑑賞者である聴衆に伝わってしまう、ということなのでしょう。

 したがって、クライスラーの音楽の魅力は、とりもなおさず、クライスラーの人間としての魅力そのもの、でもあったはずなのです。
 彼があれほど長期間にわたって、人々から支持され、演奏を愛され続けた事実は、そうして初めて、十分納得がいくように思われるのです。

 たしかに、クライスラーは、これまたどの文献を見ても、いわゆる芸術家ぶったところのない、善意と思いやりに満ちた愛すべき市民であった、と記述されています。

 さらに、クライスラーに特徴的なのは、その幅広い人生経験です。

 彼は、彼が終生にわたって無上の楽園と考えていた、音楽という清浄な世界の中だけに閉じこもっていたわけではなく、好むと好まざるとにかかわらず、時代のうねりに翻弄されて、社会的にずいぶん苦しい立場に立たされたりもしました。
 そしてその中から、人間のさまざまな、良い面や悪い面、強い面や弱い面も、自ら数多く経験していったのでしょうが、それらは、最終的には、彼をより豊かな、成熟した人間性の持ち主へと、高める役割を果たしたように思われます。

 クライスラーは、ある時、自分の音楽をより磨かれたものにするための一つの方法として、心の卑小さを少しでも排除して、自分自身が納得できる生き方を心がけなければならない、という趣旨の発言をしています。

 演奏者自らの品格が、生まれ出る音楽に対して果たす決定的な役割についての、クライスラーの次の二つの言葉は、とても、味わい深いものがあります。
 「フリッツ・クライスラー」の中から、以下に、そのまま引用させていただきます。

 いわく「私には、正義を愛する人の出す音と、こそこそ卑劣な行いをする人の出す音とは、違ったふうに聞こえることでしょう。また、冷酷な人物の音は人間性の豊かな人物の音と違ったふうに聞こえることでしょう。どちらの場合も、その人がカデンツァを弾く際のスピードなぞは、あまり重要ではありません!」と。

 また、いわく「(前略)真の芸術家とは"おのれの魂の統率者"なのです。そして、その演奏から生粋に人間的な資質が輝き出るとき、芸術家は他人を納得させるのです。音や技巧や流暢さはけっしてそれ自身、最終目的ではありません。それらは、芸術家がけっして言葉には尽くしえない思想、感情、抱負を表現するための手段にすぎないのです。」と。

 

 

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