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リズムと歌い回し

フリッツ・クライスラーの音楽に特長的な魅力の一つに、その快いリズム設定と、絶妙な歌い回しがあるように思われます。

 リズムも歌い回しも、直接的には、運弓法の結果といえるかも知れませんが、そのほかの要素も関連しているため、ここでは区別して記述します。

 生粋のウィーン子として、クライスラーにとっては、ほかの何にもまして、ワルツが好ましい音楽であったようです。事実、彼がオリジナルに作曲した小品には、ウィーンの古い舞曲から着想を得ているものが、数多くあります。

 そして、そのワルツ音楽への傾倒の中から、普遍的で規則正しいリズム感というものが、彼の第二の天性のように、身に染みついたのではないでしょうか。というのは、演奏者が、時々の自分の気分によってリズムを勝手に動かせば、聴衆でもある踊り手は、混乱して、ワルツを踊り続けることができなくなるからです。
 「ヴァイオリン演奏の技法」では、その美点が、「クライスラーの演奏に特有のリズムの魅力は、彼が本来のリズムを決してくずさない点にある。」と要約されています。

 また、クライスラーは、なんとも自然な歌い回しをするのです。

 しかも、彼が駆使している、その独特なフレージング法(曲の各部分の区切りの仕方)は、努力の跡を意識させない、あまりに何気ないものであるために、時々その曲じたいを、平易な、たとえアマチュアでも簡単に取り組めるレベルのものであるかのように、錯覚させるほどです。
 そして、私が、クライスラーのその辺りの非凡さに気がつくのは、しばしば、眼前の楽譜に書かれた拍子記号や音符から、何とか曲らしくまとめる為にひとしきり悪戦苦闘した後、改めてレコードを通じて、露ほどの迷いもよどみもない彼の演奏に、ふたたび触れるときなのです。

 そのクライスラーの歌い回しを、ある文献では、彼は聞き手に語りかけるように演奏する、とも表現し、また別の文献では、クライスラーはヴァイオリンを弾くのでなく歌うのである、とも述べています。
 たしかに、器楽奏者ではありながら、クライスラーは、自分の心と希望だけを伝えて、後はヴァイオリン自身に歌わせているのかも知れません。

 クライスラーの演奏と人の声との親和性は、たとえば、歌手マコーマックとの協演のレコードなどを聴くと、じつによく分かります。
 その録音の際、マコーマックは、歌がうまく歌えると、夫人に、「ねえ、聴いたかい?まるでフリッツのように歌えたよ。(「フリッツ・クライスラー」から引用)と言ったと、伝えられます。

 クライスラーの歌い回しの秘密を解き明かす為の、ヒントになるかどうかは分かりませんが、ある折彼は、「私は、歌を歌うときの呼吸に合わせるように、曲のフレージングを創る」という意味の発言をした由が、以前何かの資料にのっていた、と記憶しています。
 この説明に、私は、とても共感を覚えるのですが、ただ、私の今手元にある文献の中では、そのような記述はどこにも見つからず、その発言の事実の有無や、発言内容のニュアンスについて、確定的なことをお話しできないのは、残念なことです。

 

 

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